右と左の話

僕は比較的大きくなるまで右と左がわかりませんでした。左右が分からないということです。たぶん中学生ぐらいになるまで、すぐに右と左が分からなかったように記憶しています。今はもう分かるような書き方ですが実は今でも少し悩む時があります。例えば突然「右」に曲がれ!みたいに言われた時です。ただこれはゼロコンマ秒の世界だと思うので周りの人が、「あぁこいつは左右が分からないんだな」というレベルではないと思います。

日本だとお箸を持つ方が右で茶碗を持つ方が左なんだよと教えられる事が多いように思いますが、小さい頃の僕は左利きで少しづつ親が右利きに直してくれたということもあって、そのお箸を持つ方がどっちでという理由では左右を覚えることが出来なかった。どっちでも持てたので。

小学校一年生の時、教室の正面の黒板に「右」「左」という紙が貼ってありそれをずっと見てなんとか理解しようとしたのを憶えています。そのせいか当時から左右が分からなくなると教室を頭に浮かべて左右を判断することが多かった。窓のある方が左で、ドアのある方が右。これが僕の左右の覚え方でした。

当時から僕は左右が分からないことをもちろん恥ずかしく思ってました。人よりも頭が悪いからこんな簡単な事も理解出来ない。その結果なのかわかりませんが、屁理屈を言って自分を正当化しよとしていたのを憶えています。例えばある人にとって右という事象が必ずしも他の人にとっては右ということはなく、時には左である。つまり左右を正しく言うことは誰にも出来ない。そんな事を覚える事に意味はないみたいな事を言っていた気がする。

高校生ぐらいになり左右の区別がつくようになってからは特に意識することもなくなったように思います。

ただ最近になってやっぱり自分が左右を理解出来ていないのかもしれないと思う事があります。現在は英語かインドネシア語で仕事をしているのですが、同じように左右がすぐに出てこない。ライトとレフト(英語)、もしくはキリとカナン(インドネシア語)がすぐに出てこない。昔と同じように教室が頭に浮かび右か左かを貼ってある紙を思い出して理解してからそれをそれぞれの言葉で話しているように思います。ただ最近は英語でライトとレフトを言う場合は、昔野球をしていた事もあり自分がバッターボックスにたった情景を思い出してライトとレフトのポジションを見て左右を判断する事が多いです。

特に英語の場合に僕を混乱に陥れるのは音の響きです。僕から言わせればレフトという響きは右です。(ライトという響きが左ではない)理由はよく分かりませんがレフトとライトを比べるとレフトの方がメジャーに感じるし、右と左を比べると右の方がメジャーに感じるから音の響きだけで言えばレフトが右ということに僕の中でなっているのだと思います。

僕が左右をきちんと即座に理解出来る日は来るのでしょうか。

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