ストレス値

最近体調に少しだけ異変があり病院に行く機会がありました。

病院で先生に最近ストレスを感じますか?という質問をされると毎回答えに困ります。

答えに困るというのは質問の意図が明確でない場合が多く、また僕自身にも正確には分からない事が理由なのですが、こういった質問をされる際にはたいていの場合予測される病気の原因が医学的に明確でない事が多く、また原因が明確でないために確固たる治療法もない場合ではないかと思います。

僕自身はストレスというのはそもそも人間が、(もしかすると生物がかもしれないですが)生きている以上なにかしらのストレスというのは絶えず存在するものであると思っています。それこそ1日のうちでも、年中を通してでも仮に数値化することが出来るとすれば、ボラの激しい波形になるのでないかと思います。やっかいなのはそんなストレスをその時点の状態において主観的に且つ定性的にしか判断することが出来ず、客観的に且つ定量的に判断出来ないことです。

病院に行くというのは何かしらの身体的異常があるから行くわけですが、どういった病気であるにせよ、そういうときには人間の体の免疫力というのは大抵の場合落ちているし、おそらく精神的にも弱気であり、そんな時に先生からストレスの有無を聞かれれば大抵の人はストレスを感じていると答えるような気がします。

医学的に原因が不明とされる多くの病気において、そういった状況において患者が「聞かれた時に」訴えるストレスが、結果、その病気における共通点として多くあげられ、その原因のひとつ(時には主要因)にストレスが入ってくるのではないかと思うと、ストレスが原因とされる病気の原因が本当にストレスなのか疑問になります。

このストレスというものを定義、数値化することはいまの技術では難しいのでしょうか?体温のように計れるようになれば、ストレス値を見ながら生活のリズムを整えたり、例えば体温でも平熱が低い人にとっての37度が辛いと判断出来るように、病気の原因がストレスなのかどうかをより判断しやすくなる気がします。

さらに問題なのはこのストレスという事象が現状では当然の指標のひとつになっていることだと思います。主観的且つ定性的にしか判断出来ないにも関わらず。
どうしてストレスという定性的で主観的なものが病気の原因としてさも当然であるかのようになっているのかも不思議です。もちろん最近ストレスが溜まってるなと感じるそういう時に病気になりやすいし、またストレスが病気を引き起こすひとつにはなりえそうだとは思うのですが、なんでもかんでもストレスではなんだかなぁとも思います。

さも、そうであるかのように書きましたが、僕は医療従事者ではないので専門知識も全くありませんので上記が正しいのかどうか全くわかりません。哲学的な話では無くて、医学的に誰かにきちんと話しを聞ける機会があればいいのですが。

ストレスが定義されストレス値が定量的に測定出来ることには意味がありそうなので期待するしかないのですがそうなると何か変わる気もします。

とか考えているうちに同じ話はビジネスでもありえそうなので気をつけないとなと思ったので備忘録。

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