インドネシアのストリートチルドレンと商売の話

今年に入ってから数回程度、仕事でインドネシアに行く機会がありました。僕自身はそんなにたくさんのアジアの国にいったわけではないので、特段珍しい話ではないのかもしれませんが、他のアジアの国とは違うと感じたことを備忘録と自戒として。

インドネシアには非常に多くのストリートチルドレンがいるように思います。ホテルから一歩出てお店やデパートまで歩いて買い物に出ても、タクシーに乗って移動するにしても、その道中で非常に多くのストリートチルドレンに出会います。彼らは町で通行人や車で信号待ちをしている車に、お金が欲しいと手を出すのですが、僕にはそれがある意味新鮮でもあり、いろいろと考えさせられることが多くありました。

それは彼らはただ単純にお金をくれと言わないという事です。

ほとんどの子供が give に対する take としてチップが欲しいと言います。もちろん歩道橋や道端に座って目の前にコップを置いてという人もいますが、そうやってチップをもらっているのは大抵は年配の方で、僕が会った少年や少女のほとんどは、繰り返しますが give に対する take としてのチップが欲しいと言ってきます。(もちろん彼らはチップを強要するわけではありません。give に対して take としてチップが貰えたらラッキーという確率なんだと思います。)

一例ですが、

車に乗っている時に会うのは

  • 側道からメインストリートに出る際になかなか合流するようなタイミングがないような渋滞時に本線の車を止めて合流出来るようにする。
  • ギターを持って歌を歌う。(歌ってくれる歌のリズムが結構耳に残るw)
  • 物を売ってる。(今までみた中では食べ物、馬のマスク、一輪の花が多かった)

歩いている時に会うのは

  • 猿に芸をさせる。(これはまれかもしれないし、実際にはその猿は芸なんかしてくれない。)
  • タクシーのドアを開けてくれる。(もちろん頼んでない)
  • 希望の会社のタクシーを止めてくれる。(インドネシアでタクシーに乗る際は「ブルーバード」か「シルバーバード」という会社に乗るのが安心です。)

正直、夜になかなかタクシーが捕まらない時なんかはタクシーを止めてくれると非常に助かることがあります。「ありがとう」という気持ちでチップを払いたくなります。

(ここからはビジネス、仕事の話なのですが)僕自身はこれは非常に大切なことだと思っています。

  • 1円を稼ぐのがどれだけ大変なことであるか。
  • お金を稼ぐためにはただ待っていてはいけない。
  • 需要に対して供給を行う事でその対価が得られる。
  • 人と同じことをしていては多くは稼げない。
  • 同じことをずっとしては駄目で改善を続けなければいけない。
  • 工夫しなければいけない。

彼らはそんな商売をする上では基本的ではあるけれども、とても大切な事を3歳ぐらいのころからやり続けているわけで、そんな子供たちがたくさんいるインドネシアは将来強い国になるんじゃないかと思わされます。(もちろんそういった子供たちがたくさんいるという現状が良いという意味ではないです。)

仕事をしていると事業センス、サービスセンスといった言葉を聞くことが多いと思います。僕自身も使ってしまうことがあります。僕自身が思うのは事業センス、ビジネスセンスといったものは経験とセットで研ぎ澄まされていくものである一方、この商売センス(根性)、商いの感覚は人間が生活していれば、常に意識することが出来るものであるし、また常に意識することで磨かれるものだと思っています。

事業センスやサービスセンスというのは実際に社会に出て仕事を通じて学ぶ機会が多い一方、商売センスは母親から生まれた瞬間から意識することが出来るものだといっても過言ではない。(物心ついた時からが正しいかもしれないけど)

上で書いた猿に芸をさせてチップをもらっている女の子の話です。彼女がいつもいるのは片側3車線ずつ合計6車線の大きな道の真ん中にある中央分離帯です。で、なるほどなと僕が思ったのはそこの歩道の信号はタイミングが悪くて片側を渡っても、もう片側の信号が赤のままで必ず中央分離帯の部分で(1分程度は)足を止めないといけません。彼女は歩いている人がかならず足をとめる部分にいます。彼女は自分の商売をする場所をきちんと選んでいるのだと思います。

彼ら彼女らはいろいろな give を考えて take を得ようとするわけですが、彼らが提供しようとする give は同じように見えるけど厳密にはどれも違い、とてもよく考えていると感心します。

事業センスやサービスを作るセンス、経験、力というのはもちろん大事ですが、僕はそもそもこういった商売感覚というのは事業やビジネスをする上では根底のところで、非常に大事なものだと思っています。どんなに優れた事業プランも、サービスも商売としての勘所を見誤うとうまくいくものもいかない。引き際、仕掛けるタイミング、創意工夫。

繰り返しになりますが、商売センス(根性)というのは、年齢問わず、経験、立場問わず、すぐにでもいつでも磨けるものだと思っています。僕がいつも心がけているひとつは(厳密には昔は心がけていたのですが今は習慣的にやっちゃう)どのような種類のお店に入ったりしてもそのお店が儲かっているかどうか考えるようにしていました。どうすればもっと儲かるかを考えるようにしてました。お店に入った時だけではなく、特に自分が金銭を払う場合にはその商売のことを考えるようにしていました。

古びた商店街なんかで「絶対にお客きてないやろ。」というような(こういう場合は老夫婦が経営してることが多い)お店がどうやって商売してるんだろうと考えることが一時期好きでした。感覚なのですが、これは自分の畑違いの業種でやってみるのが一番おもしろいし勉強になる気がしています。

ジャカルタに住むインドネシア人に彼らにチップを渡したりする事はあるの?と聞いた事があるのですが、決まって帰ってくる答えはあれは嘘だから大抵チップを上げることはないと言います。(上記の話とはまた別なのですが)何が嘘なのかと言うと、小さな赤ん坊を腕に抱いてチップが欲しいといってくる年配の女性が結構いるのですが、多くの場合その赤ん坊は隣近所の知り合いの子供だったり、孤児院にいる子供を借りてきているらしいのです。要は芝居だと。倫理的な問題を置いておいたとすれば、なるほどと感心したことがありました。

商売のセンスがあるとお金を稼ぐ大変さを知り、だからこそ、稼ぐ商売をする事が出来る。おそらくその過程で自然と身につくものなんだと思いますが、ものごとの本質を見抜くような力もつくような気がしています。

当然ですがその逆である「経費」なんかの出金に対する意識も変わります。(これはケチケチと使わないことが大事なのではなく、その使ったお金で次にどう稼ぐかということがセットでないといけないということで、単純なケチとは違います。)また肌感覚で儲かるか儲からないかを嗅ぎ分けるようなお金に対する嗅覚も研ぎ澄まされていくのではないかと思っています。

インドネシアに行くともっともっと商売のセンスを身につけていかないと行けないといつも思い知らされます。

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