手段の目的化

手段の目的化 -

手段の目的化(しゅだんのもくてきか)とは、本来他の成果を得るための手段である行動について、その行動をとること自体を目的としてしまう社会行動のこと。

目的を達成するという観点からは、手段の目的化は目的を見失って堕落した結果であると批判する向きもあるが、文化の一翼を担っており一概に批判できない問題でもある。 - wikipedia

とはよく話題にされる事だけあって本当によくあること。

事業(業務)におけるゴールに向かうプロセスの中で技術や情報のインプットがまずは必要、重要という場合によく見かける気がする。インプット自体が目的になったり、そのインプットのアウトプット自体が目的になったり。そういう場合は大抵、インプットすることが楽しくなるまたはそのアウトプットの周りからの反応(仕事に活かすということではなく知識の共有というアウトプット)が気持ち良かったりなんかしてしまって、いわゆる「手段の目的化」という状態に陥る。

“気持ちの良い”アプトプットのためにインプットをするというサイクルに入ったらもう目も当てられない。

あとはネットワーキング、人脈作りという「手段」とかでもこの取り違えをよく見かける。

事実としての結果(数字とか)が出なかったときやうまくいかないなぁと感じる時には手段が目的化していないかを振り返る良い機会。「なんでこんなことやってるんだろう?」と日々自問自答することも重要。

そしてなにより。

きちんと大きな目標を決めて執念深く追いかけることが一番大事。これさえあれば極端な話、手段の目的化なんてことは起こらない。すぐに自分が遠まわりしていることに気づくだろうし、そういう現実にイライラするはず。手段の目的化が起こってしまうようなそんな目標にはなんの意味もない。

これは短いスパンで区切るゴールでも、長いスパンで区切るゴール(例えば人生)でも本質的には同じ。

日々変わらないどうしようも無い、だけれどもなぜか忙しく充実しているように錯覚してしまうような生活を送り続けると長いスパンのゴールそのものを見失う。

気を付けないといけない。

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