Larry と Sergey に向けたブログ

ここ1,2週間ぐらいで google から大きなリリースが3つもあった。

1つ目は本丸のUIを変えた。
2つ目は検索アルゴリズムの変更。
3つ目は google+ はすごく使われてるし伸びてるよっていうリリース。

だけども少なくとも僕の使うソーシャルメディアのウォールではそれらに対する反応は少なかった。(メディア企業の人が多いからまだ2つ目はあったかな。)ブログもいろいろ探したけどあまり話題にしてる人も少なかった。

これみたら分かるけどあまりにもひどいだろ。(まぁ Facebook と比べてもないけど比べてみた。)

これが2年前ならこぞってみんな google への感想や考察を書き、ああでもないこうでもないって勝手に盛り上がってたんだろうなと思う。本丸のUIとかアルゴリズムってみんなの関心や興味のど真ん中だったし。

(少なくとも今よりは)たくさんの人が google を好きだったし Web の世界の興味や関心の中心は google にあったと思う。みんなの憧れる人気者だった。少なくとも僕は google が出すサービス、プレスリリース、時にはこっそり実装する検索アルゴリズムを心待ちにしてたし次は何をやらかして驚かしてくれんの?という気持ちでいっぱいだった。

まぁ僕の場合は今でもそうなんだけど。

今の google を見てると、当時検索分野で明らかに遅れをとっていた(検索が次のWebの中心だということに気づくのが遅すぎた)マイクロソフトのように見える。大きくなりすぎた体と相手が新興ベンチャーだからか、その一方でお金、人材、技術力では大きな力を持っていたことに慢心したのかそんなマイクロソフトの作る検索はなんていうか、やっぱり的外れというか。

もちろんマイクロソフトもその数年前までは人気者だった。みんな新しい Windows が出たらこぞって並んでたし、何が新しくなったかということに興味津々。

でも少しずつ誰もそんなことを気にしなくなった。

今でも Windows 使う人は多いけど別に好きで使ってるわけではないというか、こだわって Windows ですっていう人って少ないだろうし、なにが新しくなったとかそんなことに気を払う人って大きな企業にあるような情報システム部門の人間だけじゃないかと思うぐらい。互換性なくなると困るからね。プリンターいきなり使えませんとかって問い合わせが社内から殺到したらめんどいだけだし。

この1,2週間を見ていてなんか似てるなと思った。なんていうか誰にも気にしてもらえなくなるって寂しいよね。

誰にも気にしてもらえない、興味を持ってくれない、関心を持ってくれないものを作り続けるって酷だよね。でもシェアで言えばNo.1だしビジネスとしても馬鹿にならない売上で、実際まぁそれでも他の製品と比べれば一番良いし慣れてるからっていう理由でユーザーが使ってくれてるという状況だとサービスとしては開発を続けなければいけない。

繰り返しになるけど、だけども、ユーザーからすれば特に興味があって使ってるわけじゃないし、好きで使ってる場合じゃない場合、これ良いねとか、こうしたらもっといいのにみたいなフィードバックも少なくなってくる(と勝手に予想する)中で、実際に作ってる人のモチベーションってどうなんだろう。

そんな会社からまた Windows みたいなすごいサービスとか製品って出てくるのかな。。。(あ、ごめん。キネクトはすごいね!出てるね。)そんな状況の中で良いものづくりってそもそもできるんだろうか。

まぁ実際僕はそのシーンを見てないから知らないけど、例えば Windows7 が出た時って盛り上がったんだろうか。今回の Windows まじでスゲーみたいな感じで。なんかそんなことないような気がするけど。

まぁ知らないけど実際 Windows7 が発表される時にジョブズみたいな感じのプレゼンで、「One more Thing….」とか言われたら作ったエンジニアは「すみません。。。その機能そんな感じでアピールされたら逆に恥ずかしいんですけど。。。」みたいになりそうな気もするし。

絶対的なシェアはあるけど、人気というか興味関心を持ってもらえないサービスを作るっていうのは難しいんじゃないかと感じた。競合が出たらあっと言う間にいかれるんじゃないかって思う。今のアップルとマイクロソフトを差してるわけではないけど。

僕の個人的な性格から言えばだけども、一度関心がなくなると、またその対象に再び関心を向けるっていうのがなかなか出来ない。別に嫌いになるとかそういうわけではなくて、ただただ興味がないというか関心がなくなるというか。これは僕だけじゃなくて人間ってそんなもんだという気もするし。

そういえば、5年前、10年前とかに google はずっと今の(当時の)ようなサービスをガンガン出し続けることが出来るすばらしいベンチャー企業で在り続けることができるんだろうか。みたいな話をネタに盛り上がったのを思い出す。僕は google なら間違いなく大丈夫だって言ってた気がするけど、一方でいつかこんな日もくるんじゃないかとも思ってた。それは別に特段の理由があったからじゃなくてそういうのが世の中の真理じゃないかとも思ってたからだと思う。栄枯盛衰、ずっと良い状況にいれる会社なんてないだろうし。

これからもそういう意味では google は必ずWebを検索する時には使われるだろうとおもう。だけどそれだけじゃ物足りなくて、僕は google にはみんなの人気者で、興味と関心の中心にいる、もちろんユーザーが毎日使うようなサービスを生み出し続ける会社であって欲しい。まぁ便利だし、他に良い検索ないから使ってるんだよねっていうサービスを提供してる会社にはなって欲しくない。

2008年に googleplex であった googledance に行った時のことを思い出した。あの時、プレステのコントローラーで動く戦闘ロボみたいなのを(20%ルールで)作ってるグーグラーがいて、「これすごいっしょ?」って子供みたいに自慢されて、(検索と全然関係ないな。。。とか思いながらも)「いや、これまじですごいね。やらしてよ。」って興奮して楽しかったのを思い出した。

例えば今年に google dance を開催したら同じくらい楽しいんだろうか。
今でもgoogleのエンジニアは楽しくやってるんだろうか。

それで本題というか、つまり結論はなんだっていう話だけれども僕はまだ google はまだ間に合うと思ってる。多くの場合批判する奴、中傷する人間っていうのはどんなところにもある一定数いるものだけれども、僕の20代は google とあったといっても過言ではないし、それに今でも google 全社員で 「google 好きコンテスト」(それがなんなのかよく分からないしどんな種目があるのかしらないけど)が行われれば上位10%には入れる自信があるから、これぐらい書いてもいいだろうと思って書くんだけど、僕が思うに今の google は絶対にやっちゃいけないことを全力でやってる。まずこれを辞めること。それから自分たちが何屋なのかを思い出せ。やってはいけない事を辞めてやるべきことをきちんとやる。これに尽きる。

株式会社だから儲けないといけないのは十分わかってる。目の前にトレンドがあればきちんとそこを狙いにいかないといけないのもわかってる。だけれどもそこは google のやり方で波に乗ればいいだけの話。株主がガタガタ抜かすんだったら、こんなときこその黄金株の出番だろ。無視すれば良い。

まだ間に合う。正直言えば僕の人生から google がなくなると人生の楽しみがひとつ減るというのもあるし今まで集めてきた google グッズどうすんだっていうのもあるんだけど、まぁそうだとしても僕は google にはいつまでも google であって欲しいと思う。

『Google’s mission is to organize the world‘s information and make it universally accessible and useful.』

* google頑張れ!っていう内容にしたかったんだけど、読み返すとマイクロソフト批判みたいになってる。そこは「例え」なんで他意はないです。

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手段の目的化

手段の目的化 -

手段の目的化(しゅだんのもくてきか)とは、本来他の成果を得るための手段である行動について、その行動をとること自体を目的としてしまう社会行動のこと。

目的を達成するという観点からは、手段の目的化は目的を見失って堕落した結果であると批判する向きもあるが、文化の一翼を担っており一概に批判できない問題でもある。 - wikipedia

とはよく話題にされる事だけあって本当によくあること。

事業(業務)におけるゴールに向かうプロセスの中で技術や情報のインプットがまずは必要、重要という場合によく見かける気がする。インプット自体が目的になったり、そのインプットのアウトプット自体が目的になったり。そういう場合は大抵、インプットすることが楽しくなるまたはそのアウトプットの周りからの反応(仕事に活かすということではなく知識の共有というアウトプット)が気持ち良かったりなんかしてしまって、いわゆる「手段の目的化」という状態に陥る。

“気持ちの良い”アプトプットのためにインプットをするというサイクルに入ったらもう目も当てられない。

あとはネットワーキング、人脈作りという「手段」とかでもこの取り違えをよく見かける。

事実としての結果(数字とか)が出なかったときやうまくいかないなぁと感じる時には手段が目的化していないかを振り返る良い機会。「なんでこんなことやってるんだろう?」と日々自問自答することも重要。

そしてなにより。

きちんと大きな目標を決めて執念深く追いかけることが一番大事。これさえあれば極端な話、手段の目的化なんてことは起こらない。すぐに自分が遠まわりしていることに気づくだろうし、そういう現実にイライラするはず。手段の目的化が起こってしまうようなそんな目標にはなんの意味もない。

これは短いスパンで区切るゴールでも、長いスパンで区切るゴール(例えば人生)でも本質的には同じ。

日々変わらないどうしようも無い、だけれどもなぜか忙しく充実しているように錯覚してしまうような生活を送り続けると長いスパンのゴールそのものを見失う。

気を付けないといけない。

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インドネシアのストリートチルドレンと商売の話

今年に入ってから数回程度、仕事でインドネシアに行く機会がありました。僕自身はそんなにたくさんのアジアの国にいったわけではないので、特段珍しい話ではないのかもしれませんが、他のアジアの国とは違うと感じたことを備忘録と自戒として。

インドネシアには非常に多くのストリートチルドレンがいるように思います。ホテルから一歩出てお店やデパートまで歩いて買い物に出ても、タクシーに乗って移動するにしても、その道中で非常に多くのストリートチルドレンに出会います。彼らは町で通行人や車で信号待ちをしている車に、お金が欲しいと手を出すのですが、僕にはそれがある意味新鮮でもあり、いろいろと考えさせられることが多くありました。

それは彼らはただ単純にお金をくれと言わないという事です。

ほとんどの子供が give に対する take としてチップが欲しいと言います。もちろん歩道橋や道端に座って目の前にコップを置いてという人もいますが、そうやってチップをもらっているのは大抵は年配の方で、僕が会った少年や少女のほとんどは、繰り返しますが give に対する take としてのチップが欲しいと言ってきます。(もちろん彼らはチップを強要するわけではありません。give に対して take としてチップが貰えたらラッキーという確率なんだと思います。)

一例ですが、

車に乗っている時に会うのは

  • 側道からメインストリートに出る際になかなか合流するようなタイミングがないような渋滞時に本線の車を止めて合流出来るようにする。
  • ギターを持って歌を歌う。(歌ってくれる歌のリズムが結構耳に残るw)
  • 物を売ってる。(今までみた中では食べ物、馬のマスク、一輪の花が多かった)

歩いている時に会うのは

  • 猿に芸をさせる。(これはまれかもしれないし、実際にはその猿は芸なんかしてくれない。)
  • タクシーのドアを開けてくれる。(もちろん頼んでない)
  • 希望の会社のタクシーを止めてくれる。(インドネシアでタクシーに乗る際は「ブルーバード」か「シルバーバード」という会社に乗るのが安心です。)

正直、夜になかなかタクシーが捕まらない時なんかはタクシーを止めてくれると非常に助かることがあります。「ありがとう」という気持ちでチップを払いたくなります。

(ここからはビジネス、仕事の話なのですが)僕自身はこれは非常に大切なことだと思っています。

  • 1円を稼ぐのがどれだけ大変なことであるか。
  • お金を稼ぐためにはただ待っていてはいけない。
  • 需要に対して供給を行う事でその対価が得られる。
  • 人と同じことをしていては多くは稼げない。
  • 同じことをずっとしては駄目で改善を続けなければいけない。
  • 工夫しなければいけない。

彼らはそんな商売をする上では基本的ではあるけれども、とても大切な事を3歳ぐらいのころからやり続けているわけで、そんな子供たちがたくさんいるインドネシアは将来強い国になるんじゃないかと思わされます。(もちろんそういった子供たちがたくさんいるという現状が良いという意味ではないです。)

仕事をしていると事業センス、サービスセンスといった言葉を聞くことが多いと思います。僕自身も使ってしまうことがあります。僕自身が思うのは事業センス、ビジネスセンスといったものは経験とセットで研ぎ澄まされていくものである一方、この商売センス(根性)、商いの感覚は人間が生活していれば、常に意識することが出来るものであるし、また常に意識することで磨かれるものだと思っています。

事業センスやサービスセンスというのは実際に社会に出て仕事を通じて学ぶ機会が多い一方、商売センスは母親から生まれた瞬間から意識することが出来るものだといっても過言ではない。(物心ついた時からが正しいかもしれないけど)

上で書いた猿に芸をさせてチップをもらっている女の子の話です。彼女がいつもいるのは片側3車線ずつ合計6車線の大きな道の真ん中にある中央分離帯です。で、なるほどなと僕が思ったのはそこの歩道の信号はタイミングが悪くて片側を渡っても、もう片側の信号が赤のままで必ず中央分離帯の部分で(1分程度は)足を止めないといけません。彼女は歩いている人がかならず足をとめる部分にいます。彼女は自分の商売をする場所をきちんと選んでいるのだと思います。

彼ら彼女らはいろいろな give を考えて take を得ようとするわけですが、彼らが提供しようとする give は同じように見えるけど厳密にはどれも違い、とてもよく考えていると感心します。

事業センスやサービスを作るセンス、経験、力というのはもちろん大事ですが、僕はそもそもこういった商売感覚というのは事業やビジネスをする上では根底のところで、非常に大事なものだと思っています。どんなに優れた事業プランも、サービスも商売としての勘所を見誤うとうまくいくものもいかない。引き際、仕掛けるタイミング、創意工夫。

繰り返しになりますが、商売センス(根性)というのは、年齢問わず、経験、立場問わず、すぐにでもいつでも磨けるものだと思っています。僕がいつも心がけているひとつは(厳密には昔は心がけていたのですが今は習慣的にやっちゃう)どのような種類のお店に入ったりしてもそのお店が儲かっているかどうか考えるようにしていました。どうすればもっと儲かるかを考えるようにしてました。お店に入った時だけではなく、特に自分が金銭を払う場合にはその商売のことを考えるようにしていました。

古びた商店街なんかで「絶対にお客きてないやろ。」というような(こういう場合は老夫婦が経営してることが多い)お店がどうやって商売してるんだろうと考えることが一時期好きでした。感覚なのですが、これは自分の畑違いの業種でやってみるのが一番おもしろいし勉強になる気がしています。

ジャカルタに住むインドネシア人に彼らにチップを渡したりする事はあるの?と聞いた事があるのですが、決まって帰ってくる答えはあれは嘘だから大抵チップを上げることはないと言います。(上記の話とはまた別なのですが)何が嘘なのかと言うと、小さな赤ん坊を腕に抱いてチップが欲しいといってくる年配の女性が結構いるのですが、多くの場合その赤ん坊は隣近所の知り合いの子供だったり、孤児院にいる子供を借りてきているらしいのです。要は芝居だと。倫理的な問題を置いておいたとすれば、なるほどと感心したことがありました。

商売のセンスがあるとお金を稼ぐ大変さを知り、だからこそ、稼ぐ商売をする事が出来る。おそらくその過程で自然と身につくものなんだと思いますが、ものごとの本質を見抜くような力もつくような気がしています。

当然ですがその逆である「経費」なんかの出金に対する意識も変わります。(これはケチケチと使わないことが大事なのではなく、その使ったお金で次にどう稼ぐかということがセットでないといけないということで、単純なケチとは違います。)また肌感覚で儲かるか儲からないかを嗅ぎ分けるようなお金に対する嗅覚も研ぎ澄まされていくのではないかと思っています。

インドネシアに行くともっともっと商売のセンスを身につけていかないと行けないといつも思い知らされます。

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2011年目標

あけましておめでとうございます。

今回の年末年始は熱が続きずっと布団の中で過ごすことになったほんとうの意味での寝正月に。本当は初詣にも行きたかったのですがまだ体調も優れないので今月のどこかでいきたいなぁと思っています。

2010年を無事に追え、そしてまた新年が迎えられるのも周りの人がいたからこそだったなぁと感じております。特に昨年末にはいろいろな人といろんな話をさせて頂きましたが強くそれを感じました。ありがとうございます。

そして2011年の目標を一言で表すと「グローバル」

飛翔とか、そういう言葉ではなく「グローバル」ってどうなんだろうとは思うのですがひとことで言ってしまうとグローバルであることは間違いないのでグローバルでいきたいと思っています。

僕にとっての2011年はとても大きな1年になるような気がしています。これまでの人生を振り返ると3年ごとに大きな決断と転換がありました。2011年もそうなるような気がしています。
だからというわけではないのですが、今年はこのひとつを追いかけようと思っています。性格的にひとつの大きな目標を見つけるとすべてを捨ててそれを追いかけるタイプなのですが今年は徹底的にこの目標を追いかけたい。

まだまだ人生を楽しむ余裕も余暇もいらない。愚直に邁進していきたいと思っています。

2011年もよろしくお願い致します。

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Googleが創業したガレージに行ってきました – Google’s founding garage -

2010/08/15から毎年アメリカのサンフランシスコ(去年まではサンノゼ)で開催されるSES ConferenceというSEO/SEM系のカンファレンスに行かせてもらってました。

セッションが無い日を利用してシリコンバレーの方にブラブラしに行ってきたのですが今年は僕自身がどうしても行きたかった場所のひとつでもあったGoogleのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンがスタンフォード大学から出て、初めてオフィスとして借りた創業ガレージを見に行ってきました。Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスターとか本のタイトルについてる「あの」創業ガレージです。

それまでのGoogleはスタンフォード大学内で検索エンジンの開発を続けていたのですが、1998年頃から人気と伴にトラフィックが急増。大学のネットワークをも落としてしまう事態が発生することもしばしばで大学外にオフィスを借りる必要があり、この場所を見つけることになります。

当時のこの家は現在もグーグルの副社長を務めるスーザン・ウォジスキの自宅でそのガレージを借り(1700ドル/月)、回線を沢山引いて開発とサービスを運営していたそうです。
現在はというと創業者の2人がこの家を買い戻しているようです。外から見ると数点の家具があるのが見えました。

僕はGoogleが大好きということもあり現地ではテンションも劇的に上がり感慨深くもありました。ちなみにこのガレージの住所は非公開とされているらしいのですがGoogleで検索すると調べることが出来ます。

Google founding place グーグル創業ガレージ

Google founding place グーグル創業ガレージ2

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